電卓の帯

花想容へはこんな帯も作りました。
オーナーの中野光太郎さんの頭の中には私とはまた異次元の世界が
展開されていて、私もそのブラックホールに吸引されてつい・・・・・。
写真はお太鼓の柄ですが、マエの柄には1,3,6,12,36という不思議な
数列がアレンジされていて。

画像


自分ではそんなに、というか殆ど意識しないのだが、
好きな事をお仕事に出来て幸せですね、と良く言われてしまう。
たしかにこんな風にちょっとノー天気なことばかりやっているとしたら
そう思われても仕方がない。
でもまだまだ不徹底、もっともっとやらなくては。

「愚行権」というのがある。
「民主主義」という、とりあえずはこれ以上マシなシステムが
現状ないとされるなか、そこに含まれている「大事な」こと。

他人から見てどんな愚かな事をしていようと(人に迷惑をかけない限り)
「ほっといてくれ」あるいは「ほっておく」ということ。

まあそこ迄大袈裟にいうつもりもないが
自分もなんらかの「声」というか「ひらめき」に誘われて
もっともっと「無駄」なことに邁進したい。

この文章は「ネット」と言う 功罪非常に大きいツールによって
お目に止まっている訳だが、
昨日も携帯サイト利用の自殺幇助依頼という寒々しいことが
おこってしまっている。 
10代20代の「ひよこ達」に降りかかる、身に余る現代のテクノロジーによる黒魔術。

たまたま友人が大学の保健の現場にいて
10,11日とその分野の研修大会に出席したとのことでこんなエピソードを聞かせてくれた。

「研修の演題で精神科医師がこんなことを言っていた。
熱がある生徒の額に手を当てた養護教諭。
それを見た他の生徒に「私にも触って」と言われたそう。
いくつの子だと思いますか?と・・・事例は高校生。
非常にショックを受けたと。」

僕はと言えば、
そうなのか、と思う程度。
「なにかして欲しい」 「してほしい!」 「してほしい!!」「してほしい!!!」の蔓延している世の中では
いくつになろうとそんなこともあろうかと・・・・・。

・・・・・・。

してほしいでなくて、愚かなことでも自分でしなくては、と。



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