U2

稲垣吾郎と香取慎吾が以前、テレビ朝日の「スマステーション」で
食肉産業を扱った"衝撃の"映画「いのちのたべかた」について
結構突っ込んで語っていたことに驚いたものだが
24日の朝日新聞が、やはりこの問題に関係したいくつかの映画について
大きく取り上げていた。ミニシアター、名画座系で上映されるようになり
若い人達の間で結構話題になっているということだった。
非常にデリケートな問題を含むので僕も迂闊には取り上げられないのだけど、(それはつまりサイトの「炎上」なんてことになりかねないことなので)
目を背けたくなることではあるけれど、多分多くの人には知り得ない
映像だと思うので敢て踏み込んで見ようと思う。

ユーチューブがきっかけの、ここ2-3年のウェブの大進化がなければ
こんなことは目に止まらなかっただろう。しかしこの種の映像は
悪意や、エログロスプラッターなどと一緒くたに入り込んで来てしまう故
本当に暗澹たる思いになってしまう事も確か。
そのことだけは覚悟して入ってほしい。
大阪の大学院生のネットウィルス作成が明るみに出て逮捕されたが、
この種のことはもっととんでもなく重罪に処されていいくらいの
大問題のはずだと思う。深いところでの精神の闇は、今日の本題で
あるところの「動物虐待」的行為の当事者と変わらぬものがあるとすら思う。なにより唾棄すべきは、このネット上の「チンピラ」達が至極簡単な動作で、途方もない被害と徒労を、想像も出来ないくらい多数の人に与えてしまう点だ。
事の軽重を恐らくは本当の意味では分っていない「幼児性格」なのだろうけれど、しかし頭の片隅には「世の中」への不敵な挑戦意識があることは確かだと思う。
ただ、大それたことの割には体力的というか肉体的な消耗はないし、リスクも少ない。
そこが何とも卑しい。
だから極論としてウェブ上では「匿名」は無しにして個人を特定できるようにするしかない、という方向に行かざるを得ないと言う論すら出てくる。

さて、小生は大上段に正義を語るような立場にもないし資格もない。
こんなことをたらたらと書いてしまう恥ずかしさの前提として
少しは自分なりの青臭い「担保」を差し出しておかないと、それこそ恥ずかしい気がする。まぁそれも「恥」の上塗りに過ぎない気もするが・・・・。

それはつまり、こんな感覚のこと。
今の世ではあらゆることが深いところで「大問題」と通底していて
誰も自覚するとしないとに関わらず逃れる事が出来ない。
そしてそのことを極簡単で単純な選択肢で問われたりしてしまう。
例えば最近の話題で言えば、スーパーにマイバッグを持って行かないで
店のレジ袋を相変わらず使う人間は「地球温暖化」に加担する「側」だというイメージになってしまうこと。そしてマイバッグを使えばごくごく微力ながらも環境にいいことをしているような気にさせられてしまうようなこと。マイバッグが悪い訳はないのだが、数字的な優先順位が
違う。起訴休職外務次官の佐藤優氏が書いているように(すさまじいエネルギーに圧倒されてしまう、例の鈴木宗男事件に関係したとされる人、名前が同じなので妙にシンクロしてしまうのだ)憲法産業、北方領土産業etcetcが存在するように、本気でそれで「食べている」人達の主張はなかなか善悪を判断出来ないくらい巧妙である。だから現在のエコ産業も
「これだと儲けになる」とにらんだ人達の仕掛けは巧妙で説得力満点だ。
しかし、前回も書いたように「精神主義、規律主義は無能者の隠れ蓑」(司馬遼太郎)
であろうから、「はじめに結論ありき」の予定調和的な話には慎重に対処する直感力が
本当に本当に必要だ。
あらゆる事が面倒くさいとなると守護霊さんだのご先祖さんだのを登場させて納得してしまう。あれも商売、人の貴重なアドバイスになんか決して簡単に耳を傾けようとはしない「他人」に、少しでも関心を持ってもらう為の方便、「比喩・たとえ」話のうちはいいのだが法外なお金が絡むようになると笑っていられない。香山リカが書いてたけれど、今の自殺する若い人達は本当に来世を信じているところがあって、本当に復活出来ると思って行為に及んでいるフシがあると・・・・。身の毛のよだつような話。
どう信じようと個人の自由ではあるが、少なくとも自分の子供の判断の為には責任を持ってきっぱりと言っておかないと行けない、「守護霊さん」なんて本当にいるわけなんてないだろ、 死んだら何もかも終わりだ、ってのが親のスタンスだ。

我々は日常生活のなかで深く考えもせずに、しかし考えたところで本当のところは分りようも無い事に翻弄されてしまう。
「食肉問題」ひいては「動物愛護」的なことはそうしたデリケートなごちゃごちゃのひとつ。
いずれにせよ、過剰な主張の背景はよくよく見ないといけない。

景気が何年にも渡って拡大しているという「幻」はどこの世界のことか、
とくに地方に行った時の閉塞感はいったい今が現代なのかとすら思ってしまう。
フィリピンのスモーキーマウンテンといったスラム街のような、行き倒れは町に見かけないものの、いろいろ身近の「鬱」やら「病的」なことを聞くにつけ、一体全体我々はどういう有様なのか、よくわからなくなってしまう。

わたくし自身はといえば、ノー天気に制作に没頭する日々。
こんな大げさに、世の不幸に身も心もズタズタ的な文章を垂れ流すのは
それこそ偽善者のそしりを受けるかもしれない。
「病気自慢」じゃないけれど、不安を煽り世の負の側面ばかりあげつらう
ことはよくあること。若い時のようにそんなことに溺れてはいられないし、かっこ悪い。
 しかし、しかしだ。
今日の話題のようなことに直面した時、どう考えればいいのだろうか。
というより、「我」はすでにしてスレッカラシで多分いかようにもやり過ごせるかもしれないが、子供なり、次の世代に対してどう申し開きをできるのだろうか?  コッパズカシイがそんな観点からおそるおそる書いているのだ。

回りくどくなってしまった、いつもの悪い癖。
例えばこんなこと。
自治体や国の財政が破綻すると言う、年金も健保もそしてこの度の、
今後も道路を作るかどうかを抱き込まされたガソリン税のこと。
単純な選択に誤摩化されて決断を迫られる。
本当のところそんな事は誰もわかるわけもない。
どちらを選ぶか分らない事を選ぶ為に「長」が存在するわけだ、
わからないからアメリカのレーガン大統領みたいにナンシー夫人の占いで
政策を決めていたなんてことが言われるわけだ。

で、こんな世の大問題に繋がる事だけどわたくしには分っている事が少なくともひとつはある。そしてそれは大半の人もわかっていること。
でもそんなことをすべてあからさまにするのは野暮というか無粋なこと。

例えば、小生が染色で「お上」というか行政の仕事を請け負ったとする。
多分日頃の商社や問屋さん相手の過酷な値段と比べたら
少なくとも50%増し、いや事情が許せば倍くらいに請求するだろう。
なんだかわからないが多分そんなことになっていくのは間違いない。
資本主義の市場原理というのは恐らく必要以上に過酷な化け物なので
普段が異常なのだ、だからたまのお上の仕事の時くらいは少しは
面倒みてもらってもバチはあたるまい。
まあそんなところ。

あらゆることがそんな調子なのは自明な事。
だから実際の方策はどうするか知りもしないが、必要不可欠な道路は
作るがいい、でも工費の査定は今のままではNG。
小生もお上の仕事を割り増ししてなんていたしません。
そう宣言しないといけないだろうて。
お笑いかもしれないが、ひとりひとりが少しでもこの方向にすれば
或程度の「金」のことは解決する、間違いない。
たぶん、中小企業のオヤジなら誰でもわかること。
そして、30年以上前にノー天気に決めた「保障」や「退職金」を
少しでも見直して、若い世代の賃金に廻す事、それをしないと
じわじわとボデイブロウのように病魔が忍び寄っていくと思う。

ああ恥ずかしい、専門家でもないのにこんな大上段な話を。

きっかけは薬害C型肝炎の事。
本当の細部のことはわからない、だから迂闊には言えないまでも
あの原告の人達のスタンスはなんか「忠臣蔵・赤穂浪士の討ち入り」
のような感覚があったような気がしてしまったのだ。
浪士の討ち入りの眼目は恐らく死を賭した幕府への異議申し立てにあったと解釈しているが、このたびの原告たちの一律救済以外の和解案を
拒否した姿勢はそういった「義」の世界のことを感じさせて痛み入る。
赤穂藩のごくごく一部がその挙に及んだだけで大半は、(詳しい数字は忘れたが1000人を超える行政組織のお城だったわけだ) 次の困難な生活をおくっていったのだろうけれど、原告の中にも金銭の保障を受ける事で
離脱したい人がいたに違いないのだけど、それでもあのようなところに持って行った。そして上っすべりな感想かもしれないが、そのことにわたしは「現代の討ち入り」を感じてしまったのだ。

そして。
我が身に引き寄せるとして。
「公・おおやけ」に関するお金のことをもっと我が事のように。
「お上」の仕事に甘えぬよう。
そんなことを思ってしまったのです。

薬害のことに関する、舛添要一や、最終政治決断の首相を見ても
トップの気持ち次第で大抵のことは動き出す。  ナーンだやればできるじゃないと。
先程の「ウィルス」のことも、国会に「ウィルス作成罪」を制定しようとして提出されているようだが、「共謀罪」という、犯罪計画を謀議して同意しただけで罪に問えるという法律と抱き合わせの為、野党が反対して停滞しているという。そのこと自体は当然のこと、しかし福田にしろ小沢にしろこの問題の真の重大さがわかっていたらそんな政局駆け引きになんか使わずにさっさと成立させるのが筋だろうに。
恐らく現代からずれた「老害」だろう。 猶予なんてないのだから。

今スイスに行っている首相がU2のボーカルのボーノと会ったと言う、
勿論環境の問題に関して。
安倍さんの時も来日したボーノにちょっとだけ会ったのだけど、
福田さんと違って安倍晋三は趣味としてU2を聞いてよくわかっていたという。
おざなりの表敬訪問でない、世界のメディアが飛びつくような話をする展開にセッティング出来たはずだ。折角のチャンスをものにできなかった安倍さんは多分「政治センス」が弱いのだと思う。マスコミがむやみに叩いたイメージとは逆に在任中かなりのややこしい仕事をこなしたというが、そのセンスが残念な方向にイメージを持って行ってしまったのかもしれない。
同じ歳なだけに妙に残念に思う次第。

そんな経過をお話した上で本題。
解釈はおのおの方でなさってください。


あらゆる動物がより下位の生物を取り込んで生存している。
食物連鎖の頂点にいる人間。

キリスト教社会が祈りで食事を始めるように
日本では「頂きます」と言ったのではないか。
「いただきます」の言葉と共にしかこれらの映像には接しられない。 

映画「いのちの食べ方」は映画館で見て頂くとして。

「PetaTV」というサイトが動物虐待に反対 する立場からいろいろな映像を
集約している。他にも様々なものがあるが
嫌悪感を抱かざるをえないようなアプローチのものも紛れ込むので
それは所謂「自己責任」でという事でお願い致します。

元のサイトです。(英語)
http://www.petatv.com/
ここの右側のビデオのランキングを見てみてください。
特に「Meet Your Meat」というクリップ。
最近こういった誘導でとんでもないサイトに連れて行かれ
金銭の請求をされることもあるようですが自分のアドレスを入力しない限り
普通は大丈夫ですので。そしてここはそれとは違いますから。

ショート版で比較的見やすいのはこのヤフーのサイト。
http://video.yahoo.com/?t=t&fr=&p=petatv-skins%2Ffur

ついでに中国の毛皮業者の映像。目眩がしてしまいます。
http://dolby.dyndns.org/upfoo/mov/1108301570418.wmv

そしてTV・報道ステーションの加藤キャスターの「犬」料理に関するエッセイ。朝日新聞が「犬」料理を勧めているなどという見当違いの風評の元になった記事です。
クジラやイルカのこととも関連する「文化」の問題であるはずなのに。
http://www.asahi.com/world/china/ishoku/050214.html

この記事へのコメント

ニシオ
2008年03月16日 07:59
全く同感です。
それにしても硬い文章書くねえ。
とはsomerie
2008年03月19日 14:49
すみません、つい暴走してしまって・・・・。
これでも抑えてはいるのですが。

でも、もう少しこなれた文章を、とは思っているのですよ。